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今回は『お金のなる木』をあなたに差し上げます

こんにちは、tryです。

一つお聞きします。
あなたはお金もちですか?

もしそうなら、あなたは金のなる木をお持ちなのだと思います。

もしそうでないのなら、これから金のなる木を手に入れる必要があります。

そこで今回は『金の成る木(かねのなる木)』を手に入れて、お金持ち
になるためのとっておきの秘策をお伝えしようと思います。

まずはお金のなる木をお見せしましょう。これがお金のなる木です。

金の成る木.png

というのは冗談です。
でもこれが一般に言われる『金のなる木』ですが、御利益(ごりやく)は
ちょっと少ないようです。

これから御利益がとても大きい『金のなる木』を手に入れる方法を
ご紹介しましょう。

実はこの『金のなる木』を持っていた人物でとても有名な方がいらっしゃいます。
歴史的な大人物です。

その人はお金も手に入れましたが、天下までも手に入れた人物です。
もうお分かりでしょう。その有名人の名は『徳川家康』という人物です。

家康.png

ではこれから『金のなる木』の正体を明かしていくことにします。

徳川家康といえば、有名なのは「鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ホトトギス」
という言葉です。

とても辛抱強く、しかも健康にも気を使い、天下人になった人物です。
そしてさらには300年以上も続く徳川幕府の基礎を作り上げました。
その根底にはこの『金のなる木』が関係していたのです。

そろそろ『金のなる木』の正体を話し、お渡しすることにしましょう。

それではあるエピソードをお話します。

あるとき家康が家臣に向かってこう話したそうです。
「そなた達は金のなる木を知っておるか?」家臣・・・・・?
「ならば儂が教えてしんぜよう」そう言って三つの木の名を示したそうです。

その三つの木とは、
『しょうじ木(正直)』『じひふか木(慈悲深き)』 『よろずほどよ木(よろず程良き)』
というものであったそうです。

なるほど!と思った方もいらっしゃるでしょう。

さらに家康は側にいた細川幽斎(細川藤高)に「他にもあるはずじゃ、
示しててみよ」と答えを促したそうです。

さすがに幽斎は『源氏抄』と『二十一代和歌集』を朝廷に献上しただけの
ことはあります。

早速八つの木を示してみせたそうです。
その八つとは、

『あさお木(朝起き)』『いさぎよ木(潔き)』
『ようじょうよ木(養生良き)』『かないむつまじ木(家内睦まじき)』
『しんぼうづよ木(辛抱強き)』『ついえな木(潰えなき)』
『ゆだんな木(油断なき)』『かせ木(稼ぎ)』


これが家康に天下を取らせた『金のなる木』なのです。

これが大成するための条件なのだと言われれば、多くの人が納得
するに違いありません。

そしてそのついでに家康の名言もご紹介しておきましょう。
特に経営者であるならば、これはとても参考になる言葉です。

「人生に大切なことは、 五文字で言えば「上を見るな」。
七文字で言えば「身のほどを知れ」。

大事を成し遂げようとする者は、本筋以外のことはすべて荒立てず、
なるべく穏便にすますようにせよ。滅びる原因は、自らの内にある。
いくら考えても、どうにもならぬときは、四つ辻へ立って、杖の倒れた
ほうへ歩む。

重荷が人をつくる。身軽足軽では人は出来ぬ。
人の一生は重きを負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。

不自由を常と思えば、不足なく心に望み、おこらば困窮したる時を
思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。

勝つ事ばかりを知って、負くる事を知らざれば、害その身に至る。
己を責めて、人を責むるな。

及ばざるは、過ぎたるより優れり。
最も多くの人間を喜ばせたものが、最も大きく栄える。
誠らしき嘘はつくも、嘘らしき真を語るべからず。

決断は、実のところそんなに難しいことではない。難しいのはその前の
熟慮である。 世におそろしいのは、勇者ではなく、臆病者だ。
あぶない所へ来ると、馬から降りて歩く。これが秘伝である。

愚かなことを言う者があっても、最後まで聴いてやらねばならない。
でなければ、聴くに値することを言う者までもが、発言をしなくなる。

大将というのは敬われているようで、たえず家来に落ち度を探られて
いるものである。
恐れられているようで、あなどられ、親しまれているようで、憎まれている。
だから大将というのは勉強しなければならないし、礼儀をわきまえなければ
いけない。

いい家来を持とうと思ったら、自分の食を減らしても家来にはひもじい思い
をさせてはいけない。

家来というのは録でつないではいけないし、油断させてもいけないし、
近づけても遠ざけてもいけない。
家来は惚れさせなければならない。」



この話は今でも十分に通用するどころか、それができたら必ず大物で
いられるような気がしませんか?

『金のなる木』に加えてこの家康の名言を身につけることができれば
きっとお金持ちになれると思います。

私はまだお金持ちではないので、全然できていないということですが、
ここに書くことで是非自分に取り入れたいと思っています。

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完璧という言葉の由来と、そして誤字

こんにちはtryです。

今回はいつもみんながよく使いながらも、その言葉の由来を知って
いる人が少ない言葉、『完璧』についてお伝えしたいと思います。

この『完璧』という字ですがという字とよく間違えて書く人がいます。
正しくはです。壁は下に土の字を書きますが、完璧の字は玉を書きます。

この『完璧』にはこの『玉』が関係しているのです。

では『璧』というのはどいういうものかご紹介しましょう。
璧というのは平で孔(あな)の空いた宝玉のことを指します。
こういった宝玉がが璧なのです。とても価値の高いものを指します。

璧.png

だから双璧という言葉もこの字を使うのです。価値の高いものです。

完璧という言葉の由来ですが、「壁を完う(まっとう)して帰らん」
という言葉からきているのです。

この話は中国の後漢の時代、司馬遷の編纂した「史記」に出てきます。
時代は紀元前3世紀ころの中国の周王朝、いわゆる春秋時代の話です。

かつて楚の国に卞和(べんか)という男がいました。

山中である石を見つけ、これは磨けば素晴らしい宝玉になると確信し、
楚の厲王(れいおう)に献上したのですが、王にはそれがただの石ころ
にしか見えず、鑑定者にもただの石ころとしか思えずに、褒美目当ての
嘘つきと呼ばれ、罪に問われ片足を切り落とされてしましました。

卞和は悔し涙を流しながら、泣く泣く家へ帰っていったそうです。

その後、楚の厲王が亡くなり新たに武王が即位しました。

もしかするとこの王様ならこの石の良さをわかってくれるかもしれない
と卞和は思い、新しい王にこの石を献上しに出かけたのです。

ところが今度の新しい王も、鑑定管も前の時と同じく信じてくれず、
またもや王の怒りを買い、残った反対側の足も切り落とされてしまい、
見るも無残な姿になって帰路につくしかありませんでした。

ここからまたしばらく時が過ぎます。
残りの足を奪った武王も亡くなり、新たに楚の文王が即位しました。

文王が即位したことを聞いた後で、卞和はこの石を抱き、山に入り
三日三晩泣き続けました。今まで誰も自分のいうことを信じなかった
ことがとてもくやしくてたまらなかったのです。

山でずっと泣き続けている老人がいるようだとの噂が即位したばかりの
王の耳にも入りました。

迷信が多く出回っていた時代です。即位したばかりの文王はとても気になり、
なぜ泣いているのか聞いてくるように命じました。

王の配下がなぜ泣いているのか問いただしたところ、「誰も自分のいうことを
信じてくれないばかりか、両方の足まで失ってしまった。文王様にこの石を
献上したいと思うけれど、また信じてもらえなかったたどうしようか」
と不安が頭をよぎり泣いていたと答えたのです。

その話を聞いた王の使者は卞和を王宮に連れて行き、王にその話をしました。
文王はその話を聞き、早速職人に磨かせてみよと命じました。

磨き上げてみると卞和の言うとおりこの世に2つとない見事な璧(宝玉)
ができあがったのです。

王は命がけで献上した誠実さをたたえるため、その璧(へき)を卞和の名を
とって「和氏の璧」(かしのへき)と名づけたのです。

この話が世に伝わり「和氏の璧」はとても有名になっていきました。
この「和氏の璧」は後に趙の恵文王に渡り、趙の国宝となっていました。

そんな世に聞こえた「和氏の璧」の噂を聞いた秦の昭襄王が、秦の15の城と
「和氏の璧」を交換にしないかと趙王に話を持ちかけてきたのです。

その当時の秦国は虎狼の国と呼ばれ、当の昭王はとても恐れられていたために、
無碍に断ることもできず、趙国は大騒ぎになったそうです。

このとき秦に向かう使者となったのが藺相如(りんしょうじょ)でした。

「もし、秦王が約束を守れば、【和氏の璧】は置いて帰り、15の城を渡さぬ
なら璧を完うして(へきをまっとうして)趙へ帰ります。」そう言い放った
のです。つまり必ず持ち帰ると約束したのです。

言葉どうり藺相如は秦王に一歩も譲らずに渡り合い、秦王も藺相如の
豪胆さに敬意を表し手厚いもてなしをうけ、【和氏の璧】を無事に
趙へと持ち帰ることに成功したのです。

これが『完璧』に関わるエピソードです。

この藺相如はこの『完璧』という言葉を生んだだけでなく、『刎頚の友』
(ふんけいのとも)という言葉も生んでいます。
刎頚の友(ふんけいのとも)とは、この人のためなら刎(くび)を頚ねられても
悔いは無いという意味です。

最近までNHKのBSで放送していたヤングジャンプ連載中のアニメ『キングダム』
にも登場した趙の大将軍の廉頗(れんぱ)と藺相如はこの契を結んでいるのです。

廉頗大将軍.jpg

初め、廉頗は璧で名を上げた藺相如をやっかんでいましたが、藺相如の本心を
知って、自分の過ちを悟り、自ら裸の体に茨(いばら)を巻きつけ藺相如に
許しを乞うたのです。

そのときに言ったのが、「あなたのためなら刎(くび)を頚ねられても悔いは
無い」という言葉で、その後友誼(ゆうぎ)を結び、それが刎頚の友
(ふんけいのとも)の語源になったと言われています。

かつてのロッキード事件で小佐野賢治氏が田中角栄氏を刎頚の友であると
いったという話は今に残る有名な話です。

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